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Columun SBL/Documentary

好きなことに人生を賭けられるか 寺園脩斗が体現する“全ツッパ”という生き方

Bリーグ2部(B2)の神戸ストークスに所属する寺園脩斗のプロキャリアは実業団から始まった。宮崎県出身、延岡学園から東海大を経て九州電力に就職したが、バスケットボール一筋で生きてきた寺園には、全ての時間をバスケに費やせるプロの舞台への思いが消えなかった。

親孝行で実業団を選ぶも、3ヶ月目に生じた問い

宮崎県出身の寺園は四人兄弟の長男として誕生した。バスケットボールは小学校1年生から、高鍋東小学校バスケットボール少年団で父親の指導の下で始め、中学は延岡学園の附属中学校である尚学館中学に進学し、寮生活をスタートさせた。

延岡学園時代には、高校2年次にインターハイ・国体・ウインターカップの3冠を達成し、3年次もインターハイとウインターカップを連覇。大学は屈指の名門校である東海大学に進学した。12歳から親元を離れ、バスケットボールだけに時間を注いできた。友達と遊ぶ時間も、自分の自由な時間も、全部バスケに使った。それが寺園の原点だった。

「プロになる選択肢もあったんですけど、長男ということもあり(実家に近い)実業団でやろうかなと思いました。中学校から親元を離れて寮生活を送っていたので、好きなことをずっとやらせてもらっていたし、知り合いからも、『親のお世話もこれからはあるかもしれないから近くにいた方がいいよ』っていうふうにもずっと言われていました」

「『それもそうだな』と思ったので、当時から強かった九州電力でバスケをしながら社会人をやってみようという理由で実業団に行きました」

九州電力アーティサンズは現在SBL-SB1に所属し、実業団チームのトップリーグで戦っている強豪。2007年に全日本実業団選手権で初優勝を成し遂げ、その後も優勝を経験している。強いチームでバスケットボールをしながら、長男として地元に根を張る。親から「帰ってきて」と言われたわけではない。自分で考えた末の選択だった。

会社ではパソコンの管理を主に担っていたという寺園。与えられた仕事を好きになろうとしたが、3ヶ月を経とうとする時には、どうしても拭えない感覚があった。

「仕事を受け入れたというか、僕自身バスケは実業団でも強いところでやりたいと思っていました。だけど、そこでバスケをするためには仕事をやらないといけない。僕的にはどうしても優先順位が仕事よりもバスケットボールが優先でした」

もちろん社会人であるため仕事が最優先だ。新入社員である寺園は比較的自由な時間があったが、先輩社員の中には残業で練習に集まれない時もある。実績からでもわかるが、九州電力の選手たちが決して取り組む意識が低かったわけではない。社会人ではトップクラスの環境だった。

しかし、バスケットボールに人生を捧げてきた寺園にとって、仕事とバスケを天秤にかける日々は容易ではなかった。もちろんそれが実業団だとわかっていたはずだ。それでも寺園には、その天秤の傾き方がどうしても合わなかった。

Bリーグ挑戦を決意 全ての退路を断ち切り、前に進むだけ

内側から溢れ出るバスケットボールへの情熱は、寺園を突き動かした。

「仕事を好きになろうとはしたんですけど、それは無理でした。それだったら会社を辞めて、自分が別のところでやるべきだろうなと思いました。将来的に実業団の方が安定じゃないかと思ったんですけど、そんなことを考えるより、『上のレベルでやりたい』と思って。(親の反応も)『自分の人生だからいいんじゃない?』って感じでした」

一度決めた道を変えることに悩みはしたが、バスケットボールを思う気持ちには嘘をつけなかった。ましてやミニバス時代から負けず嫌いの性格。上のレベルでやりたいという気持ちは、どうしても消せなかった。

東海大で切磋琢磨した伊藤達哉(現・広島ドラゴンフライズ)ら、同期の活躍も刺激となり、背中を押した。しかし相談はしなかったそうだ。

「もう行こうと思って、自分で決めて行きました」

覚悟が決まったら、動くのは早かった。厳しいトレーニングを己に課し、プロに通用する身体へと鍛え上げた。

朝5時に起きて6時から7時までトレーニング。新入社員のため早めに会社へ行き、17時まで仕事。そこから電車で移動し、18時から20時まで自主練習を行い、20時からチーム練習。その後帰宅し、24時に就寝するサイクルを繰り返した。

かなりタフなスケジュール。それでも寺園は「(辛いみたいな気持ちは)別になかったですね」ときっぱり。

「プロの選手たちは(常に)練習しているので、そこに追いつくためにやらなきゃいけないなと思っていたので、そういう気持ち(辛いとか)はなかったです」

2018年5月6日、自身のSNSでBリーグへの挑戦を表明し、6月に九州電力を退社。全ての退路を断ち切り、あとは前に進むだけだった。

全ツッパの先に見えるもの 寺園脩斗のバスケ人生

そこから寺園はプロのキャリアを歩み始める。2018-21シーズンを三遠ネオフェニックスで、2021-25シーズンをレバンガ北海道で過ごし(Bリーグ1部所属)、2025-26シーズンからはB2の神戸を新天地に選んだ。現在、神戸はプレーオフに進出し、寺園も自身初となる大舞台で存在感を発揮している。

実業団とプロ。その違いを寺園は明確に語る。

「実業団だったら自分の成績やチームの成績が悪かったりしても、自分がやろうと思えば好きなだけバスケを続けられると思います。ですがプロだったら、バスケットの結果でお給料をもらっているので、一年一年が勝負になります。バスケットボールに対する向き合い方は全然違うと感じています」

結果が全ての世界。それでも、もう一度真剣に自分自身と向き合って選んだ選択に迷いはない。練習でも試合でも誰よりも声を出してチームを鼓舞するし、プレーの端々からはバスケットボールを楽しんでいるとさえ感じる。

オフシーズンになればすぐにトレーニングに取り掛かり、次のシーズンに向けて準備を始める。全ての時間をバスケットボールに費やせる人生。これこそ寺園の望んでいた環境だ。

そして31歳とベテランの域に差し掛かる中でも、「毎年少しずつ結果が積み上がってきている」と寺園は微笑む。

「僕自身はバスケットボールがやりたいから、それを実現するために友達と遊ぶ時間や自分の時間をバスケットボールに費やしてきました。やっぱりその道で成功したければ、そういった時間を犠牲にできるとトップに行けると思う」

「いろいろやりたいことはあると思うんですけど、いかにその仕事に情熱を注げるか。”全ツッパ”できるかだと思うので、それをやれば自ずと結果はついてくると思います」

好きなことに、どれだけ本気になれるか。その問いはバスケットボールに限らない。あなたは何に「全ツッパ」して生きているだろうか。

最後に引退後の展望を聞くと、「考えていないです」と即答した。

目の前に、全ツッパ。その答えに、一秒の迷いはない。